本Blogは、2022(R4).12.15から松山地区の氏神である松尾神社について、地元の方々への理解を広めようとスタートし、年間の祭事を中心に紹介してきました。
おかげさまで所期の目的を達成することができましたので、しばらく更新を休止させていただきます。
これまで、ご覧いただきありがとうございました。
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師走の風物詩となっております深夜のお祭り「穂見神社」例大祭が、12/1午前0時に執り行われました。殖産興業の神様として崇めます穂見の大神さまに、今年1年の感謝と来る年の平穏無事、益々の繁栄をご祈願しました。
今年は当ブログをご覧になった方が県外からも参拝にお越しくださり、「福銭借り」や「御朱印拝受」をなされたようで嬉しい限りです。
【松山でもできる「福銭貸し」と「倍返し」「高尾山穂見神社」】
五穀豊穣を祝う新嘗祭が、関係者出席のもと執り行われました。神事の前に、富士山を望む神楽殿にて舞の奉納がなされました。また、終了後は感染症の影響で自粛していた直会が、久しぶりに公民館で行われました。
(新嘗祭は全国的には11/23ですが、本社では都合により11/24に実施しています。)
ところで、11月23日は秋の収穫を祝う新嘗祭として、古来より全国で神事が行われていました。しかし、1948年GHQの影響を受けた政策により、「稲作だけでなく、世の中のすべての勤労に感謝しよう」という趣旨で、勤労感謝の日と改められとのことです。
正解は「ちょうずや・ちょうずしゃ・てみずや・てみずしゃ」です。起源等の詳細はこちらをご覧ください。
「7歳までは神の子」「7歳までは神の内」という諺があります。
産まれてから7歳までは、神様から子どもを預かっている。また、穢れのないその時期は、黄泉の所属つまり神に近い存在であり、神に近いというのは死に近い。
ということを意味しているようです。
前近代社会では成長環境や医療の未発達などから、7歳くらいまでの子供の死亡率が高かったことが、このような考え方に至ったのでしょう。そこで、この難しい時期を無事に過ごせた、そのお祝いとして「七五三」の儀式が行われたようです。
7歳「帯解きの儀」、5歳「袴着の儀」、3歳「髪置きの儀」の詳細はこちらをご覧ください。【早稲田神社】
さて、松山地区の7歳女子3名 5歳男子4名の七五三祈願祭が、各種団体ならびに親族臨席の下で執り行われました。
華やかな衣装に包まれた子供たちを見ているだけで、同席した大人たちが皆笑顔になり、幸せな気持ちになりました。
「子はその家族だけでなく、地域の宝でもある」
自治会長さんのご挨拶の言葉が実感できました。
10/28に実施された粟井財団主催のクリーンフットパスは、松尾神社をスタートとゴールで行われ、松山にお住まいの方、松山へ移住してきた方、かつて松山へお住まいだった方を含めて、市内外から総勢21名が参加されました。
当日の様子はこちらをご覧ください。→ 【松山再発見】
日光山輪王寺の外山毘沙門天縁日で有名な「福銭貸し」と「倍返し」をご存じですか?【外山毘沙門天縁日のお知らせ】
福銭を預かり、それを事業の元手とし、翌年に借りた額の倍を奉納するもので、証文はない神様との信用取引。円を万両という単位にして100万両、1000万両という景気のいい声が飛び交うそうで、県内外から多くの参拝客を集めているようです。このことはマスコミ等でもよく取り上げられていますが、松山でも全く同じ神事が行われていることをご存じですか?
それは富士山駅近く、神田掘川沿いにある「高尾山穂見神社」の11月30日夜(17時~24時)に行われる例祭です。なお、本社は南アルプス市高尾にあり、「資本金貸し」として同様の神事が行われています。【南アルプス市観光協会】
実は、松山の高尾山穂見神社のお祭りは「地球の歩き方・御朱印シリーズ」にも掲載されていて、市外・県外からも参拝者が訪れます。しかも、毎年参拝される方がいらっしゃるということは、やはりご利益があるからなのだと思います。
なお、11/30-12/1「高尾山穂見神社」例祭では、宮司が御朱印を授与します。これも、非常に貴重です。
粟井英朗環境財団主催の富士美クリーンフットパス10月コースが、松山地区となりました。地元のパワースポットを、自然と歴史の複合的視点から紹介する予定です。
散策とゴミ拾いボランティアをしながら、地元の魅力を再発見しませんか?
申し込みはこちらへどうぞ ⇒ 粟井英朗環境財団
「水無月の 夏越の祓い する人は 千歳の命 延ぶというなり」
(本居宣長 拾遺集)
師走大祓式以降の半年間における罪穢れを祓い清め、向暑を無病息災で過ごせますよう「茅の輪くぐり」や「人形(ヒトガタ)」で祈願しました。夕暮れの松尾神社境内で行われた式はパワースポットにふさわしい、神秘的な空間と時間でした。
なお、「茅の輪くぐり」や「人形」の詳細については、こちらを参考にしてください。 <夏越の大祓とは?>
白王社祭において、境内に枯れ木があり危険なことがわかりました。そこで、5/14(日)に神楽保存会を中心とした有志で、伐採作業等を行いました。
その後、6/24(日)総代相談役が伐採された倒木を運び出し、再度草刈りを行いました。安全確保はもちろんですが、敷地内が明るくきれいになりました。
五月晴れのもの、ときわ台の剣丸尾溶岩流に位置する白王社において、祭典が執り行われました。
神社の名前の由来等は不祥ですが、白王社のご祭神は「大国主」(オオクニヌシ)と「少名彦」(スクナヒコナ)の二柱をお祀り申し上げております。
「大国主」は神話の因幡の白兎で有名です。「少名彦」は一寸法師のモデルともいわれています。また、大国主と少彦名は日本の発展に大きた恩恵をもたらしたと、日本書紀や各地の風土記にその活躍が記されています。人々や家畜のために病を治す方法、農耕における害虫駆除の方法を教えるなど、医療・農耕の技術を向上させました。
詳細はこちらをご覧ください。→【日本の神様】
播種向夏の八十八夜の日に白王様を祭る事で、その年の五穀豊穣及び疫病除けを祈るという趣旨の祭典です。白王社はときわ台が松山の行政区であったことから、松尾神社の宮司・氏子総代が斎行しています。
過去の白王社祭の写真を見ると、この頃が桜の時期であり、賑やかに花見が行われていたようです。
例大祭片付けの目途が立ったところで、氏子総代が担当地区を回って、松尾神社のご利益を「お神札」とともにお届けに伺いました。そのご返礼として、多くの皆様からご奉納をいただきましたことに感謝申し上げます。
お届けした「お神札(おふだ)」もしくは「神札(しんさつ)」についてご紹介します。
あいにくの雨となり、残念ながら神輿巡行は中止。御霊を小神輿に遷して、宮司3名と氏子総代6名で車移動にて、各御旅所で祝詞を奉納しました。
その間、公民館では獅子神楽が披露され、市の無形文化財である伝統の舞をじっくり鑑賞することができました。これは、神輿が神社に戻って御霊を遷す還幸祭終了時に、氏子総代長ならびに宮司のあいさつにあった「恵みの雨」がもたらした、貴重な機会だったのかもしれません。【富士吉田市HPより】
松山太々神楽保存会による獅子舞の奉納の後、例大祭の宵宮祭が無事執り行われました。
今年は境内にキッチンカーが出たこともあって、獅子舞も多くの方に見ていただくことができました。さらには近くのホテルに宿泊している外人さんも飛び入り参加するなど、大変楽しい時間となりました。
また、自粛していた直会を行うこともでき、お祭りらしさが戻ってきました。
満開のヤマザクラに見守られながら、崇敬会並びに相談役の皆さんのご協力のもと、宵宮祭を控えた例大祭最後の準備が行われました。
神輿が宝蔵倉から本殿に移され、装飾がほどこされました。また、本殿軒に花飾りがなされたり、太々神楽の山車が装飾されるなど、例大祭ならではの華やかな雰囲気となりました。
地元第4保育園の園児(将来の総代・太々神楽候補?)が大勢お参りをしてくれて、地域のお祭りらしさを感じさせてくれました。
令和4年(2022年)氏子総代が発起人となり、松山自治会・松山財産管理委員会および多くの有志の皆様のお力による制札と宝蔵柵の改修工事が終わり、関係者による神事が行われました。
春の例大祭に花を添えた形となりますが、コロナ禍が落ちつきつつある中で、例年のような賑わいとなるよう願ってやみません。
4/15(土)に予定されている例大祭の準備として、境内や本殿を装飾する花飾りの作成を、崇敬会を中心に20名を超える方々が行いました。
和紙を切って色付けをして花びらをつくり、それを竹の棒に巻きつけ1本の花飾りが完成するという、昔からの手間のかかる手作業を、昼を挟んで午後まで続けて下さいました。ありがとうございました。
例大祭当日には、境内を飾る手作りの花飾りにも、ぜひ、注目していただきたいと思います。
なお、来週は、境内の清掃と区内にしめ縄を張る作業が予定されております。